「あ、起きた。」
「…………………。」
目が覚めたら知らない女の顔が目の前にあった。
「ぎゃあッ!?」
ボカッ
思わず叫ぶ俺の頭を女(俺と同い年くらい?)が持っている杖で思い切り叩く。
「ってぇ〜…」
「いきなり人の顔見て叫ぶなんて失礼じゃないバカ!」
「バカってなんだよ!起きて初めて見るのが知らないヤツのドアップだったら誰だって驚くだろバカ!」
「なによ!アンタの方がバカ面してるじゃないのよバカバカバカバカ!」
「そんなに連呼する事ないだろ!?バカって言った方がバカなんだぞバカ!」
「じゃあアンタだってバカじゃないのよバカ!」
「先に言い始めたのはお前だろ!バカ!」
ガッ、ボカッ
いつまでも言い争いそうな俺達を止めたのはまたもや頭に振る拳。
さっきと同じ所に、さっきよりも鋭い音…絶対この女を叩いた力より俺を叩く力の方が強かった。
涙目で顔を上げると、そこにも知らない女が
ツインテールを揺らして冷たい目をしていた。
そういえば、なんで俺、こんな所に居るんだっけ。
軽い頭痛に魘されながら回顧すれば緋色の髪が脳裏にチラついた。
ポニーテールの女が怒りに顔を赤くして叫び声を上げる。
「痛いじゃないの!何するのよ、ロミー!」
「五月蝿い。…勉学の時間をサボって何をしてるかと思えば……。」
「うっ…」
「戻りなさい。後で痛い思いをするのは貴女よ。」
「わ、わかったわよ…」
渋々、といった様子でポニーテールは部屋を後にした。
呆気にとられている俺にツインテール(確かポニーテールはロミーと呼んでいた)が近づいてくるので身構えた。
「貴方も貴方で、浚われたのによくそんな仲良しこよしな喧嘩が出来るわね。」
誰と誰が仲良しだ!
という叫びは喉に引っ掛かって出て来なかった。
もっと突っ込むべき事を、女が口にしたから。
「…誘拐、されたのか、俺。確か緋色の髪のヤツに殴られて…駄目だ、そこまでしか覚えてねぇ!」
「まぁ、そんな事どうでもいいのだけど。」
女は扉に向かっていき、その前で止まると振り返った。
「付いて来なさい。」
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警戒しながら後について行く。
誘拐された(らしい)のだから警戒するのは当然だ。
大人しく従うのは隙が無かったから。此処が何処かもわからないし、逃げ出すには余りにもリスクが高すぎる。
此処は何処か、前を行く女に尋ねたが無視を決め込まれた。
黙って付いて来いということなのだろう。
どちらも何も言わず、静かな道にただカッ、コッ、という靴の音だけが響いた。
(恐らく廊下なのだろうが、それにしてはあちらこちらに豪華な装飾がなされている。)
「此処よ。」
キョロキョロと彷徨わせていた視線は振り向いた女の先に留まった。
そこには一際豪奢な扉が鎮座して、異様な存在感を醸し出している。
女は体を右にずらし、俺の通れるスペースを作る。
警戒を怠らずにその扉の取っ手に手を掛けて、両の手を押した。
最初に感じたのは目が焼ける程の眩しさと煌びやかさ。
思わず目を瞑ってゆっくりとその光に目を慣らした。
「よぉ、お前が噂の双子兄、か?」
そう、部屋の中央から発せられた声はどこか甘さを含んだ男の声だった。
長い茶髪を緩く一つに括り、値の張りそうな貴族服に身を包んだ男が、これまた値の張りそうな椅子にもたれ掛かっていた。
「お前、誰だよ!?」
飛びかからんばかりの俺を見て楽しそうに笑った男は何もしないと両手を振る。
信じられるか!
睨み付ければ笑顔が苦笑いに変わったのに気付いて顔をしかめた。
「俺の名前はティルキス。一応、この国の皇帝だ。」
そう宣った男は、確かにそのような気品はあれど独特の堅苦しさは持ち合わせてはいないようだった。
「…それで、一体皇帝様が田舎者に何の用だよ?」
「はは、そんなに睨むなよ。
実はな、お前に用があるのは俺じゃないんだ。俺はお前を逃がさないようにと言われただけ。だからお前が捕らわれた理由も、俺は知らない。」
「言われた…?誰に?」
「おっと、その辺は言えないな。…言ったら俺がどうなるかわからない。
そんな訳で、お前を此処から出す事は出来ない。その代わり、何か困った事や欲しい物があったら、出来る限りなら何でもしてやるよ。
用件は、今日の所はそのくらいだ。」
その皇帝は話している最中、僅かに自嘲的な笑みを浮かべていた。
話にも不可思議な点がある。
まるで目の前の皇帝以上に権力を持った何者かがいるような…。
確かこの国は絶対君主制だった筈だ。
つまり目の前の彼が最高権力者、なのに…。
「一つ、訊いていいか?」
「何だ?」
「…お前は、本当に皇帝なのか?」
「…さっき、そう言っただろ?他には何かあるか?」
「じゃあ、俺が自由に行動していい範囲は?」
「それは…そうだな。ロミー、部屋に戻りがてら説明してくれ。」
「分かったわ。」
後は大丈夫だということを伝えると、先程と同じように女が扉を開けて付いて来いと言う。
案内された行動範囲は思ってよりも自由が利く。
来客用の部屋に風呂やトイレは付いているから基本的には室内生活。
見張りが居るならば幾つかの機密部屋を除けば出入り自由だ。
「いいのか?そんなに自由にさせて。」
「…お人好しの王様が、命令した方に掛け合ったの。本来ならあの小部屋に閉じ込められて生活する筈だったのだから、精々感謝する事ね。」
女はそれだけ言い残すと、俺を部屋に残し去っていった。
錠の落ちる音がしたから、一人だけの時は閉じ込められるようだ。
この城には見えない何かがある。
皇帝が従っている人物とは何者なのか。
そもそもアイツは本当に皇帝なのか。
俺は何故浚われなければならなかったのか。
その割に良い待遇を許されたのは何故なのか。
滅多に使わない頭をフル稼働させていたら頭が痛くなったから、備え付けのベッドに体を沈めて瞼を閉じる。
村に居た頃は考えられない程フカフカとして寝心地が良いが、どうにも落ち着かなかった。
「…ルキウスが居ない時なんて、無かったからな………。」
いつも、貧しくて一つしか買えなかったベッドの隣で寝ていた弟を思い出した。
それだってこんなに広くない。
スペースの開いたベッド、
一人分足りない体温。
…寒さを感じるのはそれが要因らしい。
深い溜め息を吐いて重力に身を任せた。
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「えーと…たしかさっきので終わりでしたね。診療所に戻りますか。」
『そうですわね。早く昼食にしましょう。』
「…貴方は少し食べる量を抑えた方が良いと思うのですが………。」
『今何か仰いました?』
「い、いえいえ何も言ってないのです!
…ん?これは…石?…にしては綺麗ですね。」
『…それ、良く見せてください。』
「あ、はい…。」
『これは…まさか…!』
「…どうかしましたか?」
『詳しい事は後で話します。
…早く戻りましょう。やるべき事が出来ました。』
「…わかりました。何か手伝う事があれば言ってくださいね。」
『ええ、ありがとう…。』
NEXT.
流石に皇帝服時にポニーテイルは無いかな、と思いまして。ポニーテイルは変装時用。
最後の二人は誰かわかりますか?