「はっ、はっ、」



その日、僕と兄さん、そしてシングは息を切らして逃げていた。

何からっていうのは…



「小僧ども、いい加減に止まれ!」



ジャトレーナ騎士団の四天王、「緋色の魔王」クリード・グラファイト様からだ。



「へっ、止まれって言われて止まるバカがいるかよ!」



兄さんが吐き捨てる横で、僕はただひたすら考えていた。僕らが追われる理由を。

僕と兄さんがレイモーンの血を引いている事なんて幼なじみとゼクスさんしか知らない。
兄さんが最後に獣化したのだってもうずっと前だ。それが原因ならもっと前に捕まっている。
シングは僕らと一緒に居ただけだから狙いは僕ら兄弟、もしくはそのどちらかだ。
何故、何が原因だ?



「あっ…」



足が止まる。
気付けば祠の方まで走って来ていた。
ごめんね、ドナさん。今は挨拶してる暇が無いんだ。

この先は崖。
飛び降りてもその先は海ではなく暫くは陸地で地獄へ直行してしまう。



「もう逃がさんぞ、小僧。」



逃げられ、ない。

シングが静かに一歩踏み出した。



「お前、カイウス達に何の用だ…っ!」

「威勢の割に足が震えているぞ?…それと、私が用があるのは兄の方だけだ。」

「俺…?」



刹那、真空波が巻き起こって僕を凪ぎ払った。
木に頭を打った衝撃でも、何が起こったのかよくわからない。
兄さんとシングが僕の名を叫んでいるのをぐらぐらと揺れる脳で感じ取った。
すかさず兄さんが駆け寄ってくる。



「お前っ!」



シングがアステリアを構えた。
その瞬間、シングの周りに青白いオーラが立ち上る。

…何、それ?
シングと長い間一緒にいるけど初めて見た光。
兄さんもクリードも目を丸くしていたが、
やがてクリードは嘲笑うように口元を歪めた。



「ははっ…今日はなんて良い日なのだ…。探し物が二つも見つかるとは!」



クリードがゆっくりとシングに近付く。
シングはアステリアを振り下ろすが、クリード緩慢な動きでそれを避けソーマを弾き飛ばした。
怯えるシングの前まで辿り着く。



「う、ぁ…」

「"鍵"は頂いていくぞ、小僧。…っ!?」



赤い魔法陣を展開させたクリードに、思念の塊がぶつかる。

発射元を見ればゼクスさんが構えていた。



「シング、早くこっちに来るのじゃ!」

「っ、させるか!」

「うぁっ!」



走り出すシングの背中にクリードがまたもや何かの思念術を展開させる。
それを見たゼクスさんも別の…恐らく助ける為の思念術をシングに当てた。



「あっ…あぁ…!」



二つの強い思念術で前後から板挟みにされたシングは悶えている。
彼の胸が淡く光り出したのを見て僕はゼクスさんを見た。



「ゼクスさんっ、これ以上やったらシングが…シングのスピリアが…!」

「わかっておる!だが今やめればそれこそ…」



ピキピキと嫌な音が耳に届く。
やがてシングのスピルーンが彼の中から浮かび上がり、それは勢い良く四散した。

漸く思念術の止んだシングは力無く地面に伏す。
ゼクスさんは駆け寄って、クリードは苦虫を噛み潰したような顔をしていて、兄さんは何が起こったのか解らないらしく呆然としていた。
兄さんがゆっくりとこちらを向く。



「なぁ、ルキウス…今のは、何なんだ…?」

「…シングのスピルーンが飛び散ったんだよ。」

「スピ、ルーン…?」

「スピリアの核の事。」

「それってどういう…」

「シングは…」

「感情を無くしたのだ。」



僕の言葉の続きを述べたのはクリードだった。
クリードは鼻で笑うとゼクスさんを睨み付ける。



「ゼクスよ、よくも邪魔をしてくれたな。まぁいい、鍵の入手が少し先送りになっただけだ。」

「…貴様等には渡さんよ。鍵も、シングのスピルーンもな。」

「ほざくな!…そうだ、此処で貴様を血祭りに上げてやろう。」



なんでゼクスさんとクリードがお互いを知っているのか、その時はそんな事にまで頭が回らなくて、
ただアイコンタクトをされたからシングを安全な場所まで引き戻した。
ゼクスさんとクリードの熾烈な争いが始まる。



「シング!っくそ、本当に感情が…?」



兄さんがシングに色々話し掛けているが、シングは無表情で生返事をするだけだった。
兄さんが焦ったように僕を見る。



「ルキウス、何か方法は無いのか!?」

「…あるよ。飛び散ったなら、集めて戻せばいいんだ。」

「それでシングは戻るんだな!?」

「確証は無いけど…逆を言えば、きっとそれしか方法が無い。」

「そう、か…」

「ぐあぁ…!」


叫び声がして振り向けば、ゼクスさんが大量の血を流して倒れていた。

シングがゆっくりそこに歩いていく。



「なっ、何をしているお前たち…さっさと逃げんか…!」

「でもっ!ゼクスさんを残してなんて…」



シングはゼクスさんの前で止まった。
そして出血の多い部分に手を翳す。



「痛いの…ダメだよ…」



それだけ言うと回復の思念術をかけだした。



「シング…そうか、お前には………優しさが、残っているのじゃな…。」



僕と兄さんも二人に駆け寄ろうとしたが、男が立ちふさがった。
クリードだ。



「悪いが、私を忘れてもらっては困る。」

「くそっ、どけよ!」



兄さんは剣を構え、僕はプリセプツの用意をした。

だがクリードは再度嘲笑うと刹那距離を詰め、兄さんの鳩尾に拳を入れる。
あまりに一瞬の事で目を丸くする僕を余所に、クリードは結界を出現させると気絶した兄さんを抱えたままその中に消えた。
まるで最初から居なかったかのように、綺麗に。

…何が、どうなったんだ、一体。

残されたのは息絶えようとするゼクスさんと、
効かない思念術をかけ続けるシング、
呆然と佇む僕だけだった…。





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「ん〜っ、この空気も久しぶりだね、お兄ちゃん!」

「…そう、だな…船はもう嫌だ………。」

「じゃあ、泳いでく?」

「コ、コハク…?なんか兄ちゃんに恨みでもあんのか?」

「ううん、ただ楽しい雰囲気を盛り下げようとしてるから言っただけだよ?」

「思いっきりあんじゃねーか…。…でも、久々だからな。あいつら俺らの事覚えっかな?」

「さぁ?
…待っててね、カイウス、ルキウス、シング………。」




NEXT.

なんかパラレルやりたい!って勢いでやってしまったテンペハーツ連載。よ、予想以上に楽しい…!
とりあえずシングとカイウスの秘密、
メテオライト、クオールズ、ハーツ、クリード、ロミー、セラフ、ティルキス、ルビアの立ち位置しか決めてません。
その他の方と詳しい設定は追々決めていきますね!
…テンペキャラの性格、未だに掴めてないけど。(おまっ)