湖上の都シャルロウに着いたのは夜の帳がおりた後だった。
都はデスピル病に包まれていたがもう時間も遅い為、スピルーン探しは明日という事にして宿に泊まる。

部屋割りは、女は相部屋、男は個室。デスピル病にかかった街に観光客は少ないらしく、割と自由が効いた。
個室を望んだのはシング。普段は男も相部屋なのだが、その日は何故かそう言い出したのだ。
特に断る理由も無かった俺は理由を問う事も無く、二つ返事をした。



「…おかしい。」



夕食の時間になっても、待ちきれなかったみんなが食べ終えた後も、シングは降りて来ない。
宿に泊まった時はいつも真っ先に行ってメニューを確認するヤツなのに、だ。

流石に心配になっていると、タイミング良くイネスが、様子を見てくると言って出て行った。
心配を恐怖という形で感じ取ったコハクは先程から俺の服の裾を固く握っている。
優しく頭を撫でてやるが眉に寄った皺は取れなかった。

階段を降りる音に顔を上げればイネスが困ったような顔をしている。
透かさず駆け寄りシングの様子を訊くベリルに曖昧な返事をして俺を呼んだ。



「ベリル、コハクを頼む。」

「う、うん…。………コハク、ホットミルクでも飲もうよ!」



後ろ髪を引かれるように二階へと消える俺を見ていたコハクだが、ベリルに手を握られるとゆっくり厨房の方へ歩いて行った。

ふぅ、息を吐く音に視線を前に戻すと、イネスは腕を組んで先程よりも深刻そうな顔をしている。



「それで…シングはどうしたんだ?」

「…口で言うより見た方が早いわ。貴方に何を見ても堪えられる覚悟があるのなら、だけど。」



その言い方に眉をひそめた。



「覚悟が要る程の事なのか?…アイツはさっきまであんなに元気に走り回ってたんだぞ?」

「覚悟が要る程の事だから、言ってるんじゃない。」

「…わかった。元々コハクと一緒に里を出た時からそれなりの覚悟は決めてあるんだ。」



イネスの隣をすり抜けてシングの部屋のノブに手を掛ける。

それなり、ね。
イネスの溜め息には気付かない振りをしていた。


カチャ、軽い音を立てて扉は開かれる。



「、っ!?」



なんだこの威圧感は。
俺の部屋と作りも広さも変わらないはずなのに、
そこから噴き出す黒いオーラは何もかもを飲み込むブラックホールのようだった。



「シン、グ…?」

「うぐ…」

「…!」



証明も付けていない薄暗い部屋で唯一の光源である仄かな月明かりに照らされていたのは、
苦しそうに胸を押さえてひたすらに唸るシングだった。



「ヒスイ、ファーストエイド。」



唐突なイネスの指示。その意味がわからなくて小さく彼女の名前を呼んだ。



「…シングの腕を見なさい。」



ただそれだけが返ってきたから未だ錯乱状態のシングに何も言わずゆっくりと近付いた。



「う、ぁぁ…来るなっ!来るなぁぁ…!」

「うぉっ!?」






書こうと思ってとっといたけど…多分もう書かない物。