ソーマと魔物の爪がぶつかり合う。
コハクがバーンストライクを放ったのを見計らって火玉の軌道上に敵を追い込んだ。
「シング、後ろ!」
イネスの焦ったような声が聞こえる。
振り返る間も無く、左から凄まじい衝撃を受けた。
体が宙に浮いてそのまま吹っ飛ばされる。
受け身を取ろうとして、信じられない光景が目の前にある事に気付いた。
地面が、遠い。
目を見開いてそのまま谷底へと真っ逆さまに落ちていく。
俺達は本当、高い所から落ちる事が多いな。なんて現実逃避をしている暇は無い。
クッションになりそうな物が見当たらないから。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
仲間達が自分の名を叫ぶ声がずっと耳から離れなかった。
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ベア系の魔物の一撃で崖から落ちたシングを捜すべく、
俺達は大体先程の場所の真下に当たる辺りを二組に別れて捜索していた。
「チッ…面倒な手間かけさせやがって。」
「ヒスイ、そんなに心配そうな顔をしながら言うセリフじゃないわよ。」
「うるせぇ!俺が心配してんのはコハクだ!」
俺と行動しているのはイネス。残りは向こうだ。
イネスが呆れながら「素直じゃないわねぇ」と言うので頬が熱くなる。
…イネスには、全て見抜かれている気がするのだ。
ああ、あれもこれも全部シングのせいだ!
俺が不安な感情に苛まれているのも、今恥ずかしい思いをしているのも!
…濡れ衣の件があるから、面と向かって「お前のせいだ」なんて言えねぇけど。
「あら?あそこに倒れてるのは…」
「シングっ!」
少し遠くに倒れているシングを見た途端、頭よりも体が先に反応した。
ギクリとして振り返ればニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたイネスが「ほら、魔物に襲われる前に早く行きなさい」と言う。
畜生…!
顔に先程よりも強い熱を感じながらシングに駆け寄った。
シングは頭から血を流していた。
嫌な予感に少し青ざめ、急いでキュアを唱える。
光が包み込む体を起き上がらせるように抱え上げ、肩を揺さぶって名前を呼んだ。
小走りで付いてきたイネスが俺とは反対側のシングの隣に膝をつく。
「ヒスイ、少し落ち着きなさい。」
「シング!シング!」
イネスが何か言ったが、耳には何も入らない。
その時、シングが小さく呻いた。
思わず笑みを浮かばせながらもう一度強く名前を呼ぶ。
だが、シングの第一声は。
「ん…だ、れ…?なんで、オレのなまえ、しってるの…?」
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「記憶喪失だぁ!?」
明らかに様子のおかしいシングを看たイネスは確かにハッキリと「記憶喪失」と言った。
「正確には記憶喪失と退行…かしら。歳を訊いたら五歳と言われたわ。」
「そんな…」
俄に信じられる話ではないが、先程から「じぃちゃん、どこ…?」と呟きながらグズっているシングを見れば、信じるしかない。
「とにかく、そろそろ待ち合わせ時間だし一旦コハク達と合流するわよ。」
「…あ、ああ。」
「シング、お姉ちゃん達はアナタの友達よ。だから、お手々を繋いでくれないかしら?」
「うん…わかった、おばちゃん。」
ピキリ。嫌な音がしたが、五歳からみたらイネスは充分おばちゃんだろう。仕方がない。
それをイネスもわかっているからか、怖がらせないようにオーラも表情も抑えながら差し出された手を優しく握った。
シングは元々世間知らずだ。その上色々と疎い。だからか人を疑う事もない。(ヘンゼラでようやく疑いを覚えたばかりだ)
だからきっと「友達」と言われれば信じ込んでしまうのだろう。
可愛らしくも少々不安になった。…早く元に戻さなくてはマズいだろう、色々と。
なんか・・・居た堪れなくなったので。