深々と降る雪の中、青年は空を見上げた。

辺りは暗く、人影も無い。
静まり返った街は青年の中の孤独や寂しさを何倍にも増幅していく。



「…ゼロス。」



ポツリ、漏れた音はそれでも直ぐ冷たい空気に溶けて消え行く。

それでも青年は気にすることなく言の葉を連ねていった。



「ゼロス…全部、終わったぜ…?
ミトスも倒して、世界統合もして、エクスフィアも回収して…
全部、終わった……。」



俺、今度は何をして罪を償っていけばいいのかな?
俺、今度は何が出来るのかな?


青年の問いに答える者等在りはしないのに、懸命に「なぁ?」と何度も聞き続ける。
それは痛々しい他何物でもない。



「…全部、終わった、のに……。」



言葉をそこで一旦区切ると、青年の腕が、脚が、体中が、
カタカタと震えだした。



「なんで…
なんで、お前は居ないんだよ…!」



悲痛な叫びは街に響く。しかしその声が入る耳は言った本人の物のみで。



「…………ハハッ。俺…バカだよな。

お前が居なくなってから、初めてお前の存在の大きさを知った。
…旅をしてる間は誤魔化せたんだ。だから、世界統合が終わってからもエクスフィア回収を続けた。
怖かったんだ…お前が居ないのを認める事が。
あれから何年も経ってるけど、まだお前が死んだことを認められてなくて…。
もしかしたら、帰ってきて、ハニー、なんて呼んでくれるんじゃないか、って。希望を、捨てたくないんだ。

…ホント、俺って大バカだな。
お前を殺したのは、俺なのに…。」



乾いた笑いを浮かべながら、天国の思い人に今更ながら告白をした。

…届くはずなど、無いというのに。

それでも、青年はそれをせずには居られなかった。
旅の目的は昨日成し遂げたばかり。最後の宿だというのに、布団にくるまっても眠りにつけず、
やがて封印していたはずの思いが青年の思考を支配し始め、
気分転換に散歩でもしようと夜のフラノールに繰り出せば、止んでいたはずの雪が降り始めた。

冷たすぎる雪に、まるで責められているような気がして
もう居ない、紅い天使を呼べば思いは止まらなくなったのだった。



「なぁ、お前が居なかったら、世界統合なんて出来なかったんだぜ?
…なのに、なんでお前だけが居ないんだ?
俺の傍で、ハニー、ってふざけてくれないんだ?

なぁ…ゼロス?」



目尻に落ちた雪が、涙のように弧を描いて流れた。


記憶の中の彼は『ハニーvV』なんて抱き付いてくる。
勿論、それが本当の彼ではない事に勘の良い青年は薄々気付いていたけれど。

だけど隠そうとしていたみたいだから追求する事は無かった。
それが、本当の自分を見せてくれなかった、という事が
彼の名を呼ぶにつれ青年の心を苛んでいった。



「ゼロ、ス…
胸が、苦しいんだ。ぎゅうぎゅう締め付けられてッ…
助けて…助けて、ゼロスぅ…」



もう、どうする事も出来ない程彼で一杯になっていた事に今更気付いた青年は
苦しむ胸を抑えて積もり始めて間もない、柔らかい雪へ膝を埋めた。

その後は名前を呼んで助けを求めながらポロポロと涙を流す。啖呵を切ったように零れる滴は留まることを知らない。
雪と涙は服に冷たい染みを作り、冷え込む夜は厚着しているとはいえ、長時間外にいる青年の体温を悉く奪っていく。


その時だった。



『ロイド!』

「…え?」



名前を呼ばれ、そちらを向けば羽をつけた紅髪の天使。



「…………ゼロ、ス…?」

『ハニー…大丈夫?』

「本物、なのか…?」

『当たり前っしょ。泣いてるハニーをほってけなくて、俺さまバケて出ちゃった。』

「ッゼロス!」



勢い良く立ち上がって駆け寄り、抱き付こうとした。



「!?…ぇ、」



けれど天使の体は青年に捕まる事は無く。
青年は天使をスルリと通り抜けた。

不思議そうに天使を見れば、その顔には苦笑いが浮かんでいる。



『だから、言ったでしょ。俺さまはバケて出たの。思念体なの。
だからつまり…話しは出来るけど、幽霊だから触れないの。』

「…触れ、ない……?折角会えたのにか…?」



悲し気に問えば、困ったように笑う。



『今日はロイド君に伝えたい事があったから…
本当は話すことも出来ないはずなのよ?死んでからもロイド君と話せるなんて、俺さまってば幸せ者〜。』



昔のように、ふざけたようにおどけてから、表情を真剣なものにする。
その顔に少し笑んでいた青年も、不安そうな表情に戻った。



『ハニー、ごめんな?』

「え…」

『俺さまハニーの事ずっと苦しめてる。』

「そんな事ないっ!俺が苦しいのは、俺が弱いからだ!ゼロスのせいなんかじゃないっ…!」



涙を堪えつつ青年が叫べば、
天使はゆっくり近づいて、触れることの出来ない瞼にキスを一つ落とした。



『ハニー、無理しないでよ。』

「無理、なんか…」

『まぁったく、ハニーは強情なんだから。そんなんじゃ俺さま安心してあの世に戻れないでしょーよ。』

「ぅ…」



強張ったままの青年に、溜め息を一つつくと、また真摯に見詰める。


そして。



『ロイド、愛してる。』

「…!?」

『旅してる時からずっと好きだった。』

「う、そ……」

『嘘なんかじゃねぇよ。』

「だって、俺、お前を…っ」



そこで一層涙の溢れる姿を、抱き締める仕草をした。



「ゼロス、ゼロスっ…俺ぇ…」

『いいんだ、ロイド君。俺さまは、他でもない…愛するハニーの手で死ねた事が本望だったんだから。』

「ふっ…くぅッ……!」

『でも、そのせいで。俺のエゴのせいで、ずっとロイド君を苦しめてる。俺さまはこんな事望んだ訳じゃなかったから、その辺は後悔してる…かな。
だから、ごめん…。』



触れることの出来ない距離がもどかしくて2人は唇を噛み締めた。
青年はやっとの事で顔を上げると、涙に濡れた瞳で真っ直ぐに天使を見据える。



「なら、ずっと傍に居てくれよ。」



余りにも純粋で、我が儘で、身勝手な願い。

青年を見て居られなくなった天使は思わず目を逸らした。



『ハニー、悪いけどそれは出来ない。』



酷く傷ついた青年は、歪んだ笑顔を無理に作る。
そして、バカの一つ覚えのように、自分を無理矢理納得させる為、それを何度も何度も繰り返した。



「…わかって、る。わかってるよ。おれ…おまえ、ころしたもん。わかってる。いっしょに、いられない、なんて…わかってる、から。」

『ロイド君…』



今にも壊れてしまいそうに、ぶつぶつと呟く。
そんな姿がいたたまれなくなって、感触のない口付けをした。


そうすると、青年の目からはまたもやしょっぱい水が流れ出した。



「ゼロスぅ…俺も一緒に連れてって!独りにしないでぇ!」

『なぁに言ってんの。ハニーの傍にはコレットちゃんが居るでしょ?』

「ゼロスが居なきゃヤダぁぁぁ!!!」



まるで赤子に戻ってしまったように泣き叫ぶ青年の頭を撫で、ほとほと困りだした頃。

天使の体は輝き、少しずつ浮遊を始める。



「ぜろ、す…?ゼロスっ!」

『ごめん、ハニー。もう時間みたいだ。』

「やだ!逝かないで!逝くなぁぁ!!!」

『ハニーは俺の分まで生きて…なぁんて、俺さまらしくねぇなぁ。
あ、もーマジで時間みたいだわ。じゃあな、ロイド。まだこっちくんじゃねぇぞ?』

「ゼロス――――――!!!」



天使の体は霧散して冷たい空気へと溶けて消えた。

後に残ったのは、暗い静寂と、むせび泣く青年のみ。


ふと、青年の後ろの扉が開いて幼なじみの少女の澄んだ声が響き渡った。



「ロイド…?」

「あ…コレッ…」

「どしたの!?だいじょぶ!?」



心配そうに駆け寄るその子に、大丈夫だ、と精一杯の笑顔で返した。

少女はそんな彼に、折角だからちょっとお話しよっか、と苦笑いをした。



「あのね、ゼロスから預かってる物があるんだ。」

「え?」

「ぜぇんぶ終わったら、ロイドに渡してって。…はい、これ。」



少女が握り隠していた石を青年に差し出す。

躊躇いがちに受け取った青年は、手の平の上でキラキラと輝くそれを不思議そうに見詰めた。



「これは?」

「神子の宝珠だよ。」

「それって…」

「うん…。」

「ゼロスが、俺に?…ホントに?」

「うん。ロイドに、持ってて欲しいって。生きてた証。」

「っ!………、」

「…ロイド?」



宝珠を握りしめ、少し震える青年を心配して少女は声を掛けた。



「…ぁ、ごめん。
あのさ、少しだけ、一人にしてくれないか?」

「ロイド…うん、わかった。風邪引く前には中に入ってね。」



それっきり、青年の返事は無く。変わりに嗚咽が耳に届いたが、優しい少女は聞こえないフリをした。

やがて少女が宿の中へと姿を消せば、我慢せずに衝動に身を任せる。



「ひぐっ…ぇくっ…ヴワァァァァァン!
ゼロスゥ!ゼロスぅっ!俺っ、ッ生きっからぁ!精一杯、生きぅからぁ…見ててっグ、ひ、クゥゥゥッ!」



青年はかたく心と、彼に誓い、治まるまで絶えず泣き続けた。


泣きつかれ、フラフラと宿に入っていく姿を天国に戻った天使は優しく見守る。



『約束守れるか、ずっと見てるからな。
…その宝珠、大事にしてくれよ。ロイド…。』



一度は嫌った己の生きた証。
それを手の中に大事に包み眠る、愛しい人に、自然と笑みが零れた。




end.

書いたの一年前で、全く手直ししてないのですごく恥ずかしい^^
男前ロイドくんを書きたいです。
ラタトスク無視しててすみません。