「よかったの?」



ラプンツェルのブリッジでシングとコハクの話を聞いた後、
研究施設に戻った所でイネスがそう言った。

何を指しているか、なんとなくわかっていたけれど、あえて何のことか聞き返す。
イネスは少しだけ眉間に皺を寄せた。



「もしかしたら、これが最後なのかもしれないのよ?シングに告白、しなくていいの?」

「最後なんて、イネスらしくないね。弱気は僕のポジションだよ?」

「…意地っ張りねぇ。」



イネスの言葉は真実だから反論なんて出来ない。

表情を知られたくなくて背中を向ければ小さな溜め息が聞こえた。
溜め息吐きたいのはこっちだよ、ホント。

そう考えていたら優しい感触に包まれた。
銀糸が視界に映って、顔をズラせば母親の顔をしているイネス。



「意地っ張りはヒスイ、我慢はコハクのポジションよ?
…今なら胸を貸してあげてもいいわ。」

「いらないよっ、そんな贅肉!」



叫びながら、言葉とは逆にイネスに縋りついた。
いつもなら怖い笑顔をするイネスも今は優しくソーマを取った僕の頭を優しく撫でる。



「大丈夫、ここはコハクがリチアやクンツァイトと話してる場所からは離れてるし、シングとヒスイは食料を取りに行ったみたい。コランダームは解除に集中してるわ。」

「何が…大丈夫なんだよ。」

「…こう見えても私、失恋の悲しみは知ってるのよ?偶には年上を頼りなさい。」



そう言って強くて温かい手で僕を胸に押し付けた。
窒息しかけてもがけば漸く解放される。

ゆっくりと、臨時のママンを見上げた。



「僕はシングが好き。でもね、コハクも好きなんだ。だから好きな二人が幸せならスッゴく嬉しいよ?あの二人じゃないと、どっちもダメみたいだし。
だから…いいんだ。コハクは、この僕が認めたんだからね。」

「…それで、後悔は無いのね?」

「………うん。幸せにならなかったらアクアゲイザーだけどね。
…ねぇ、イネス?」

「何かしら?」

「ちょっとだけ泣いても…いいかな?」

「…ええ。」



上げた顔を再びその柔らかい谷間に埋めた。
今までせき止めていた涙が次から次へと溢れ出す。



「うっ…えぇ…っ」



コハク達に心配掛けたくないからそんなに大きい声は出さない。
イネスはそんな僕を何も言わず、ただ抱き締めてくれた。


それは僕の恋が終わった日。
でも、僕は知ってるよ。
終わりの後には始まりがあるんだ。


泣き終えた僕のスピリアは不思議なくらいに清々しかった。



「シング、どこ行ってたの?」



その言葉に振り向けば調理器具を抱えたシングが立っている。
僕は走って勢い良く宣言した。



「シング、コハク泣かせたらグランドダッシャーするからね!
コハク、せっかく僕が譲ってあげたんだから、逃がしたらただじゃおかないよ!」



振り返れば笑うイネスが優しく見守っていた。




END.

「そんな資格は〜」とリンクしてます。
イネベリイネの導入編。イネスもベリルも大好きだ!
最初はグランドダッシャーじゃなくてメテオスウォームでした。「この時点じゃメテオスウォーム使えないじゃん!」って気付いてグランドダッシャーに変更。