シングが気丈に振る舞いながらも、その手が、体が、瞳が震えている事に、
俺は気付いていた。
肩を掴もうとして伸ばしかけた手を引っ込める。
変なプライドが邪魔をしたのもあるが、何と声を掛ければいいかわからなかった事が大きい。
今回だけじゃない。ずっとだ。
何か大きな壁にぶつかる度、
難題に直面する度、
スピリアに負荷をかけるような事がある度、
周りを励まそうとしながらも、人一倍の恐怖や不安を抱え、それを隠していた事を知っていた。
その度に馬鹿だと思うが、言葉が見つからなくて結局正面から叩いて喝を入れる事なんて出来やしない。
俺自身、シングに励まされていたし(シングの元気が無くなればきっと俺まで震えてしまう、それ程までにコイツの影響力は凄まじい)、
何より、当時は真実を知らなかったとはいえ、出逢った当初、濡れ衣で散々辛く当たったのだ。
そんな俺に、コイツの震えを止める資格なんてある筈がない。
まったく、リチアにしてもコハクにしてもシングにしても、
どうしてこう、意地を張って無理をする連中ばかりなんだ。自分含め。
そこまで考えて、自分のあまりの情けなさに思わず溜め息が零れた。
全く変えない顔色で密かに震える少年を目で追うと、丁度施設から出て行く所だった。
ベリル達との会話を聴く限り、イネスに言われてベリルと一緒に食料を取りに行くようだ。
「シング!」
「ん、何?」
「………いや…コハクを、頼む。」
「?…勿論だよ!コハクもみんなも、俺が守るからね!」
笑顔でそう言って、少し前を歩くベリルの元に走って行った。
本当は俺もついて行こうかとも思って声を掛けたのだが、どうしてもその先が言えない。
視線を少し横にずらすと、コハクが色々悩んでいる顔をしてシングの背中を見詰めていた。
先程までベリルと何か話していたから、さしずめシングに関する事を何か言われたのだろう。
本当、変な所が似ている兄妹だな。
髪を掻き上げて自嘲的に笑った。
落ち着かずに歩き回っていたコハクが、やがて不安そうな顔で出て行った。
二人を尾行する事に決めたようだ…というのも、あまりにも不審な動きを見ていればわかる。
苦笑いをしていたら肩を軽く叩かれた。イネスだ。
「ねぇ、私達も尾行してみない?」
「ああ?誰がンな悪趣味な…」
「それ、遠回しにコハクが悪趣味って言ってるわよ?」
「………。」
確かに、あの動きを見て否定出来る訳も無く、
俺は黙り込むしかない。
イネスは口を噤んだ俺から顔をずらし、リチアにも声を掛ける。
「気になるでしょう?リチアも。」
振り向けば、薔薇水晶の頬を僅かに染めた翠玉が助けを求めるようにクンツァイトを見ていた。
「その、気にならない…と言えば、嘘になりますけど…。」
「イネス、リチア様は覗き見という行為を拒否している。見るならどうどうと」
「何を言っているのですか、クンツァイト!?」
珍しく声を荒げたリチアが先程よりも強く赤らめた頬でクンツァイトを咎めた。
怒られた原因の分からないクンツァイトは「理解不能。何故リチア様は怒っていられるのだ。」といつもの調子で言っていた。
「私は覗きたいなんて一言も…」
「肯定。しかしリチア様の心拍数の上昇、並びに体温の上昇から成り行きを見守りたいと判断。更に私の発言による心拍数の移行によって全て図星と認識。」
「〜っ、」
流石は機械。
クンツァイト相手に嘘を突き通せる訳もなく、開き直ったリチアはヤケクソに「わかりました、私も行きます!行けばいいのでしょう!?」と叫んでいた。
苦笑いをしながらそれを見ていた俺の肩に再度イネスの手が触れる。
「さぁ、後はアナタだけよ?」
無言の圧力(主に女性二人の道連れにせんとする視線と空気)に敗北し、深い溜め息を吐きながら頭を垂れるしかなかった。
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研究施設を出た俺達はクンツァイトのセンサーによって直ぐにヤツらの位置を知る事が出来た。
シングとベリルが、一番上のブリッジで何か話しているのが見える。
みんなしてエレベーターを乗り継いで行くと、そこにはコハク…ではなくベリルが、柱から顔だけだしてブリッジの中央を見つめていた。
「あら、ベリル譲ってあげたの?」
「わっ!?」
熱中し過ぎてエレベーターの作動音に気付かなかったのだろうか。
イネスに声を掛けられた童顔は大袈裟な程に肩を揺らした。
「吃驚させないでよ!」
振り向きながら小声で非難するベリルは俺達が全員揃ってる事に驚いたようだ。
「みんなで見に来たの?」
呆れながら息を零すベリルは
まぁいいや、と呟いてまた柱にへばり付いて観察を再開した。
イネスもそれに続く。
「俺はムリヤリ…いっ、いや、シングがコハクに手ぇ出さねぇか心配なんだよ!」
イネスとリチアの視線が怖くて真実を言えない。
いくらなんでも情けなさすぎだろうとは思うが、この恐怖はきっと体験した者にしかわからない。
俺は元々興味が在ったのも手伝って、逃げるように柱にくっ付いた。
「映像を記録してください」、リチアに言われたクンツァイトも何やら機械音をさせながら覗く。
横目に後ろを窺えば、当のリチアは少し離れて俺達と二人を眺めているのが見えた。
ふと前に視線を戻す、そのタイミングがマズかった。
シングとコハクの距離が少しずつ近づいている。
「おっ、おい…あれ以上は駄目だろ!?」
動揺して思わず声が零れる。
「わっ、ちょ、押さないでよ…!」
バランスを崩したベリルが何か叫んだが俺の耳には入らない。
そのまま何がなんだかわからないまま、俺達は雪崩込んだ。
シングとコハクの驚いた目が俺達を見詰めている。
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『ガルデニアにスピルリンクする。』
シングの意見に皆が乗り、リチアも折れ、その作戦が決定した。
怖くない訳がない。
けれど、コイツらとならやれるかもしれないと思えるのは何故だろう。
リチアやコハク達はさっさと施設に戻ってしまった。
皆が去った後、最後にエレベーターを使うシングを待つ。
「…あれ?ヒスイ、まだ居たの?」
「お前な、こっちの方まで出て来た最初の理由は何だよ?」
「えっと………あ、食料…」
言い出しっぺも忘れてるみたいだけどな。
少し皮肉を混ぜて苦笑いしながら言えば
えへへ、誤魔化すような笑いが返ってくる。
いつもの調子で殴ってやろうかと思ったが、俺の中の何かが許さなくて
ったく、と悪態をつくに留めた。
「おら、文句言われる前に作るぞ。」
「手伝ってくれるの?」
「お前あの大食二人分の料理、一人で作りてぇのか?」
「あー…はは………お願いします…。」
二人の食欲を思い出してか、その表情は何とも言えない。
不意に腕を強く引かれた。
「速く行こう!」
「ちょっ…引っ張んな!」
掴まれた手は、既に震えてはいない。
ベリルのお陰かコハクのお陰か知らないが、人知れず安堵した。
それと同時に小さな醜い感情も湧き上がってくる。
…俺は、この震えを留めた人物に嫉妬していた。
「…シング、偶には俺に………。」
「ヒスイっ、何か言った?」
「…何も言ってねぇ!」
嘘を吐いて、食材を乱暴に引っ付かんだ。
「お前はそこの調理道具だけ持って先行け。リチアかコランダームに水道の場所訊いて洗ってろ。」
「わかった!」
遠ざかる背を見詰め、溜め息を零した。
「…偶には俺にも甘えろ、なんて言えねぇよな………。」
願うのはその少年の支えとなる事。
俺だけ支えられているのは不公平だと思ったから。
なんて格好付けてみたが、本当はただ彼の隣に立ちたいだけ。
妹でも、童顔少女でも、美女でも美少女でもなく、
俺が。
そんな資格は無いけれど、
気付くには遅すぎた大きな想い。
END.
最後の方反転してみてください。こういう仕掛け大好きだけど実際にやったのは初めて。今までずっと携帯サイトだったからなぁ。
なんか予定よりも大分長くなって強制終了。終わりが見えない…!書きたい事は書けたので満足!
ラプンツェルでシングが震えていた事にうっかり萌えて勢いで書いてしまったお兄ちゃん視点。セリフは覚えてないからなんとなくです、気にしないでください。
なんていうか、ここまで泣く事が多い主人公も珍しいですよね。エミルだって泣いてなかった気がするぞ。しかも他人の為。いい子だ。
是非その泣いてるとこをアニメで見た(ry)
笑ってるドット絵はクリード意識したのかなー。腹黒く見えます。…ヤンデレシ(自主規制)