「おっ、美味しい…!」



その日のキャンプポイントでの昼食、リチアは目を輝かせた。

リチア程の食通ではない他の者も皆、本日の料理当番…シングを見ている。

シングは照れたように笑いながら、
「そんなマズそうなモン食えるか」と頭ごなしに否定していたヒスイに「美味しいでしょ?」と問い掛ける。
否定した手前、素直に頷けないヒスイは「まぁな」、曖昧な返事をしながら真っ赤な顔でそっぽを向いた。



「今日は大きい魚が釣れたし、必要な材料も有ったからシーブルの伝統料理を作ってみたんだ。」



自らの分を口に運びながら軽い説明をし始めたシングに「おかわり」の二重奏が届く。
「速っ!」というツッコミの後に苦笑いして、
大食女性二名の為、布で手を拭いてから食材に手を付けた。



「シングは前々から料理上手だと思ってたけど、まさか魚と山葵と酢と米と醤油でこんなに美味しい物を作るとはね…。これならお店だって出せるわよ。」

「ホント、この美味しさはゲージュツテキだよ!」

「シングはいいお嫁さんになれるね!味噌との相性もバッチリだよ!」

「こんなに美味しい料理はブランジェのピーチパイ以来ですね。」



女性陣はうっとりしたり声を弾ませたりしながら口々にその味を褒め称えている。

嬉しそうに微笑んでおかわり分を握っていたシングの元に、
今まで切り身魚と酢飯の調和を堪能していたクンツァイトが近付く。
「機械のテメーのどこに収納されるんだよ」、ヒスイのツッコミが聴覚センサーに届くが、敢えて無視を決め込んだ。



「作り方は覚えた、手伝おう。」

「ありがとう!じゃあ、魚を切ってくれる?」

「了解。」



女性達の腹が満足するのはもう暫く先の事。
パーティーの一流シェフ達は料理の生産機になっている。
一人前を食べきったヒスイは暇を持て余し、何となさ気にシングの手元を眺めていた。
戦闘時以上に一瞬の隙もなく、酢飯を握る手元。流れるような手の動きは、美しいと言っても過言ではなかった。



「シング、これは何という料理なのだ?」



魚を切りながらクンツァイトは訊ねる。
流石は機械というか、ながら作業で包丁を握っていても危なげな事など一切見当たらない。

対するシングも手元の狂いは微塵も感じられなかった。



「寿司、っていうんだ。マトモな寿司を握るには何年も修行しなきゃならないんだよ。俺も、ジイちゃんに美味しいって言ってもらえるまで十年かかった。」

「肯定。確かに此処まで難しい料理を見たのは初めてだ。作り方は覚えたが、自分が握ってもシングには及ばないだろう。」

「クンツァイトでも、そんな事あるの?」

「否定。例外だ。シュミレーションでお前と同じように作っても、何かが足りない気がするのだ。」



機械野郎がそこまで言うたぁ、十年かかったってのも本当なのか。
あんなの、簡単に出来そうなモンだがなぁ。
シングが次々と握っている物―寿司―を遠目に見ながらヒスイはボウっと考えた。



「ヒスイ!」

「…あんだよ?」



シングの手さばきに半ば見入っていたヒスイは一瞬反応の遅れたが、
シングは気にせず…もしくは気付かず、ヒスイに笑顔を向けた。
心なしか、頬に朱が差している。



「もう一皿、食べられる?」

「ああ。」

「じゃあ、はい!」



差し出された皿を受け取りながらも意図が解らず怪訝そうな顔をした。
それに気付いたシングは女性陣を窺いながらヒスイに顔を近付ける。



「実はそれ、一番美味しい所なんだ。…その、ヒスイに食べてもらいたくて……。」



最終的に赤い顔を俯かせ、「迷惑…かな?」小さく問うシングに、ヒスイはまで赤くなる。



「迷惑なんかじゃねぇよ…。…あー!食ってやるから感謝しろよ!」



素直になりたくてもなれないヒスイは「嬉しい」も「ありがとう」も伝える事なく、赤ら顔のまま一貫口に放り込んだ。
切り身が舌でトロリと溶け、一番美味しいという言葉の真実を知る。



「美味しい?」

「まぁ、不味くはねぇな…。」



素直ではない言葉に秘められた真意にシングは幸せそうに笑い、女性の為の生産を再開させた。


少しの後、食べ終えたヒスイが小さく名を呼ぶ。
顔を上げたシングはヒスイの言葉に最上の笑顔で頷いた。



「今度は俺が、ノークインの伝統料理作ってやるよ。」




END.

TOHで何かほのぼの書きたいなぁ、と思ってたらいつの間にか甘くなってました。結晶界の話書きたいんですが、やっぱクリアしてからのがいいよなぁ…。
男性陣は料理上手そう。クンツァイトは公式。シングはゼクスさんと二人暮らしだから必然的に…元々そこそこできたけど、近所のおばちゃんがお裾分けしてくれたりして、その味に感激してちょくちょく習ってたらいつの間にか大得意になってました…みたいな(言ってしまうと、もしシングが超料理上手ならギャップ萌えするとかそんな妄想です、悪ゴメスと同じ原理です)。兄ちゃんはなんだかんだで家事手伝ってそうだよね。
逆に女性陣は…うん(何)。リチアとイネスは公式(っていうかリチアは皿も洗えないのに出来る訳がない)。コハクは兄ちゃんに包丁握らせて貰えない。ベリルは暇さえあれば絵描いてて、敬老の日とか母の日とか勤労感謝の日だけやってそう。
なのでパーティーの食事当番は男性陣オンリー。
シングとベリルは逆でもいいけど。でもゼクスさん、料理あんましなさそうだよなー。
あとシーブルは海の村なんで、お寿司とかありそうなイメージ。グースが和風っぽいけどミズホみたいな純和風ってイメージでもないから寿司は無さそうかな、と…。
因みに書いた本人はお寿司も刺身も苦手です。