月がすべてを支配する闇の中、
眠っていた俺の意識は急浮上した。

今日は野宿。
特別寒い地方ではないけれど、テントの隙間を縫う夜風は
暖かいとは決して言えなかった。

身体をゆっくり起こし、
音を立てないように気をつけて荷物を漁る。
取り出したのは一本のナイフ。
野宿での雑用に使うものだった。

鞘から引き抜く。
薄明かりに浮かぶ鉄の刀身は鈍く輝いていた。



「あはは…アステリアとは大違いだ…。でも…俺にはこっちの方が似合ってるかも。」



いやな夢を見た。
いや、夢なんかじゃない。
あれは、過去だ。
実際に起こった、過ちだ。


手の甲側の手首に刃を押し付ける。
そのままゆっくりと引けば、一本のアカい筋が現れた。

足りない…。

手を裏返す。
今度は切っ先を肌に埋めた。
ナイフを外して、現れたアカい玉をじっと見詰める。
そうしていると玉は小さな川となり、左右に流れ落ちていった。

足リナイ…。

先程と同じように手首の筋に当て、刃を引く。
甲の側とは比べ物にならないほどのアカが溢れる。
筋は肘まで流れると、そのままポツリと床に落ちた。
とてもキタナイ色だった。

足リナイ…!

手首では飽き足らず、今度は腕に走らせる。
ぐ、と力を込め、その気を失いそうな痛みに贖罪を求めた。

足リナイっ!

腕のアカにナイフを垂直に立て、力の限り突き刺す。
ざくり。
思わず漏れた声に、しまった、と思った。

足リナイ!タリナイ!タリナイ!!!



「シング…?」



ハッと顔を上げた。
焚き火の明かりでテントに揺らめく影。
ヒスイの声とシルエット。



「呻き声が聞こえた気がしたが、どうかしたのか…?」

「ううん…何でもないよ。」

「そうか?」

「うん…。」

「…早く寝ろよ。」



それっきり、静かになる。
ヒスイは知ってる。
俺が何をしてるのか。
知ってて黙ってくれている。

ごめんね、小さく呟く。
何に対して謝っているのか、
何故謝っているのか…
わからないけど、言わなければいけない気がした。

血の広がる傷口に、反対の手で爪を立てた。
どんなにアカを流しても、どんなに痛くても、足リナイ。



「…あれ?」



目の前が歪む。貧血だ。
脳内がくるくると回ったような錯覚。
そのまま後ろに倒れると、眠るように意識は沈んでいった。





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目を覚ます。
己の腕を持ち上げ、手首を見れば傷は綺麗に塞がっていた。
自然治癒なんかじゃない。
そんな直ぐには治る筈がない。
思念術だ。恐らくはヒスイの。

いつものこと、だった。
ヒスイは知らないふりをしながら治してくれる。
見ないふりをして、癒やしてくれる。
そんな優しさが嬉しくて、でもすごく痛かった。

自己嫌悪に陥る。
今日もまた、昨日より傷が深くなるのだろう。
消えない傷跡に爪を食い込ませた。



「シング、起きたか?起きてるならさっさと出てこい。飯が冷めるぞ。」

「あぁ、うん。着替えたら直ぐ出るよ。」



そう言って、いつもの服を身に付ける。
長袖と手袋で傷を隠した。
コハク達には気付かれたくない。

そうして笑顔を貼り付けて、テントを出た。



「みんな、おはようっ!」



自己嫌悪をひたすら隠して、今日も世間知らずのふりをする。




END.

7800番を踏んでくださいました、憂亞様に捧げます「ヒスシン自傷ネタ」です!
本当は5月中に仕上がっていたのですが、言い訳のしようもないほど遅れてしまい、ごめんなさい・・・。

その上、ヒスシンというより、ヒス→シンですね、すみません…。
ていうかシングが黒い…。

苦情は憂亞様のみ受け付けます!
それでは、本当に申し訳ございませんでした!