2月14日。
その日、皆顔には出さないが、水面下では冷戦が行われていた。
「ちょっと女将さんに厨房借りてくるね!」
シングがそう言って出ていったのはだいたい一時間前の事。
昨日、チョコレートの材料を買い込んでいたから作るものは間違いない。
もともとシングはバレンタインなど知らなかったので、皆この日の為に尽力していた。
「好きな人に心を込めた手作りチョコを送る日だ」、に始まり
やれ「年長者を敬う日だ」だの「有名画家の誕生祭で、画家の卵達がもてはやされる日だ」だの、
「手作りチョコ」を強調した上で本当の意味に自分だけが貰えるような嘘の条件を付け加え、教え込んだ。
しかし、なんで女どもまで狙ってんだ。
バレンタインは男の戦争だろ?
普通、作る方じゃないのか?
(まぁ、お世辞にも上手いとはいえない料理の腕の持ち主ばかりだから、作られても困るのだが。)
思わず漏れた呟きに応えるように、コハクが、誰もが見とれる愛らしい笑顔を浮かべ、立ち上がった。
ん?待て、なんでソーマを構える必要があるんだ。
「お兄ちゃん、なにもバレンタインの戦士は男だけじゃないよ?
ほら、CMでも言ってるじゃない。今年は逆チョコって。」
「コハク?CMってなんだ?明らかに世界違うよな?
そしてなんでお前のソーマ、光ってるんだ?」
「そんなの決まってるよ…お兄ちゃん、一番邪魔になりそうなんだもん。
舞い踊れ!桜花千爛の花吹雪!」
「待て待て!んな狭いとこでやったら壊………!」
「彼岸!霞!八重!枝垂れ!これが私の!殺劇舞荒拳!!!」
轟音と共に吹っ飛ぶのは俺だけ。
他の物は壊してないし、
イネスがさっと開けた窓から外に飛ばされた。
コントロールがすごい。流石俺のコハクだ。
脳裏にシングのチョコを思い浮かべながら、すぐ側にあった大木に頭を打ち付けた。
「これでやっと一人脱落…ね。」
「理解不能。何故、シングのチョコレートが欲しいだけなのに戦闘にまで発展するのだ。」
「これがバレンタインってものなんだよ?」
「了解…記録した。」
くらくらする頭を押さえていれば、中からそんな会話が聞こえる。
俺はまだ脱落してねぇ、とか、バレンタインはそんな危険な行事じゃねぇ、記録すんな、とか色々ツッコミたかったが此処は一先ず様子見に回る事にした。
ふと、横目にすごく目立つ緋色を見つけた。
何の躊躇いもなく宿屋に入っていく緋色を。
「アイツ…狙いはシングか!」
急いで追い掛けて俺も厨房に向かう。
「…あら?ヒスイが居ませんわ。」
「本当だ。お兄ちゃん、どこ行ったのかな?」
「…また厄介な事にならなきゃいいんだけど。」
「今日に限ってそれは無理だと思うわよ?」
「結晶人、並びにヒスイのスピリア反応確認…両方とも厨房へ向かっている。」
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扉を開けた瞬間、俺は絶句した。
笑顔で緋色の魔王にチョコらしき包みを手渡している、エプロン装備のシングが目に入ったからだ。
「シ、シング…?」
「あっ、ヒスイ!ヒスイのチョコ、もう直ぐ出来るからちょっと待っててよ!」
そう言って幾つかの包みをクリードに押し付けるように渡し、今までやっていたのであろう作業に戻った。
クリードも、どうやら素直に貰えるとは思っていなかったようで、どこか呆けているように見える。
…あれ?
何かがおかしい。
(シングを除く)俺たちは何を争っていたんだ?
俺は何故、コハクの秘奥技を食らったんだ?
「シング?チョコって、何人分作ったんだ?」
「とりあえず知り合いには全員。」
「…今日がどういう日か、知ってるか?」
「もちろん!みんなに聞いたからね!
今日は、俺が手作りチョコを作って『可愛い女の子』と『一番年上の人』と『画家の卵』と『結晶人と機械人』と『少佐』と…『好きな人』に送る日なんだろ?」
「…おい、原界人。貴様等、なんて嘘を吹き込んだのだ。」
「お、俺じゃねぇ!」
振り返り「違うの?」と小首を傾げているシングに近付くと、
頬を染めつつわざとらしい咳払いをした。
「あの、な?今日は…
いっ、『一番スキなヤツ』だけ、に、チョコをあげる日…なんだよ…。
他のは嘘だ…。」
「そうだったんだ!?
…でも、それでも作るチョコの数は変わらないかな。」
「は?」
「だって俺、みんな好きだから!みんなが一番なんだよ!」
「…シン」
「うわぁっ!?」
名前を呼び終わる前に、素早い何かが横を通り過ぎた。
見ればコハクがシングに抱き付いている。
ゆっくり振り返れば笑顔だったり恥ずかしそうにしている仲間達がいた。
イネスの笑顔だけ妙に怖い。
「コハク!?」
「私もシング大好きだよ!
でもそんな可愛いこと、誰かと二人きりの時は言わないでね!」
近寄るベリルが「特にヒスイとクリードの前でね」、と付け足す。
なんで俺なんだ…いや、自覚がない訳じゃないが。
苦しいよ、とシングが顔を真っ赤にして呟くので漸くコハクは解放した。
「…興が醒めた。帰る。」
さっさと帰れ。
全員のスピリアが一つになる中、シングだけは少し寂しそうな顔を向けた。
それを見たクリードは不敵に笑って近寄る。
庇おうとするコハクの隣をすり抜け、シングの顎を掴んだ。
「私からのバレンタインプレゼントだ。有り難く受け取れ。」
「へ、…んぅっ!?」
見せ付けるような深い口付け。
またもや全員がスピリアを合わせ、それぞれのソーマを構える。(リチアは思念術を展開させていた。)
口を離したクリードはこちらを嘲笑うように一瞥すると、鼻で笑ってから姿を消した。
思念術の落ち着いた後には真っ赤な顔で呆けるシングだけが残される。
コハクとベリルが駆け寄った。
「シング、大丈夫!?」
「う、うん…びっくりした…。」
「消毒しなきゃ!」
「えっ、わ、ちょ、痛っ」
いつの間にか手にしていたタオルで口を拭いているのを見ながら、溜め息を吐いた。
「全員好き、かぁ…」
「どうしたのです、ヒスイ?」
溜め息を聴いたリチアが声をかける。
目だけを向けながら伸びをして手を頭に回した。
「いや…あの鈍感バカに気付かせるのは大変だと思って、な。」
「そこも可愛いのでしょう?」
「まぁな。」
「ふふ…頑張ってくださいね。私はコハクを応援しますけど。」
「ああ…俺も出来ればただ邪魔するだけって方に回りたかったよ。
まさかコハクが恋敵になるなんてな…。」
なんであんなバカに惚れちまったんだか。
一人ごちればリチアは笑う。
なんだか恥ずかしくなって目をそらした。
「よしっ、チョコ完成!」
シングが可愛らしく飾られた包みを嬉しそうに持ち上げる。
コハクは小さく黄色い声を上げ、ベリルは満面の笑みを浮かべる。少し離れたイネスは柔らかく微笑んでいた。
一人一人に手渡していくその手はいつもと違い、手袋を填めていない。
受け取る時に小さく触れ合った手に頬を染めて引っ込める。
シングは直ぐに近くのリチアのところに行ってしまい、気にしていないようだった。
早速封を開け、一口パクリと口にした女子の団体がまたもやシングを取り囲むのを見て、
本日何度目かの溜め息を吐き出した。
「…甘。」
クーベルチュールらしい美味しさは口内の温度で直ぐにとろける。
どうやら俺の恋は前途多難、のようだ。
END.
携帯サイトにて2222hitを踏んでくださった碧 春華様に捧げます!
すごく遅くなった(VDにすら間に合ってない)上にイネスやクンツァイトが空気ですみません…ヒスイ出過ぎ…。
リク内容に添えてない上、色々おかしいですがこんなのでよければ受け取ってください!
書き直し・返品・苦情は碧 春華様のみ受け付けます。