「ぐぅっ…」



ファーストエイドの詠唱が間に合わなくて瀕死になってしまったのに、それでもまだ立ち上がろうと力を振り絞っているソイツの姿がとても痛々しくて、思わず庇護欲に駆られた。
…いやいやいやいや、庇護欲だと?バカか、俺は。グリム山の事で少しは見直したとはいえ、言うなれば大事な大事な妹の仇だぞ?
軽く頭を振って、そこで漸く戦闘中ということを思い出し、舌打ちをしながら荒鷹を撃った。



「ヒスイ、後ろ!」



ベリルの声に振り向くよりも早く、骨の折れる嫌な音と、誰かの叫び声が聴こえる。
やられた。
固く目を瞑るが、想像している痛みはいつまで経ってもやって来ない。
恐る恐る瞼を持ち上げれば、アステリアが貫通して事切れた魔物と、地面に広がる赤い水溜まりの上に倒れ伏すシングがいた。
やられたのは憎くて憎くて仕方無いハズの奴なのに、何故か血の気が引いた。

ベリルがグレイブでトドメを刺し、「シング!」と叫びながら近寄って来る。
ピクリとも動かない体は意識を失っているようだった。



「ちぃっ…どけ、ベリル!」

「あ、うん…」



仰向けに返して肩を揺さぶっていたベリルを剥がし、荷物からライフボトルを取り出す。
栓を抜き、薄く開いた唇から液体を流し込むが、シングは噎せるだけでその全てを口の端から零していた。
くそっ!、悪態をつく間にも顔色は悪くなり、呼吸は浅くなっていく。血だって止まらない。
このままじゃ本当に死んじまう。冗談じゃねぇ、まだ償ってもらわなきゃならねぇんだ。こいつの「ソーマ」だけはまだ必要なんだ。
俺の中の何かが違和感を感じたが、そんなのは無視して液体と一緒に目の前の少年に流し込む。

ふと、それまで静観していたコハクが近付いてきた。



「お兄ちゃん…シング、死んじゃう…ダメ、だよ…。」

「…ああ、わかってる。兄ちゃんに任せとけ!」



コハクには笑顔で言ったものの、正直心底参っていた。傍に居たベリルも眉をひそめてガタガタと震えている。

またライフボトルを傾けて、その口に手を当てた。しかし僅かな隙間から液体は零れ落ち、その作戦は失敗に終わる。
もう一度舌打ちをして、ベリルを睨むように見た。
ヒッ、引きつったような声を出して後退りをする。



「ベリル、コハクの目を塞いであっち向いてろ。」

「…へ?」

「早くしろ!」



語尾を強めれば、弾かれたように俺が指した方向…俺達とは逆の方向を向いて近寄るコハクの目を塞ぐ。
それを確認して道具袋からもう一種類の瓶を取り出し、先程のように栓を開けた。
以前ヘンゼラで爺さんから受け取った、エリクシールだ。

それを一口、シングではなく俺が口に含み、小さく息をするそこに合わせる。
ゆっくり流し込んで、零さないように密閉させた。
ごくり、ゆっくりと嚥下したのを確認して口を離す。



「んっ、ん…」



一息吐いて数回繰り返す。血の流れる腹には回復の思念術をかけた。
漸く顔に(僅かだが)赤みが戻り、呼吸も落ち着いた所でベリルに声を掛けた。

シングを抱き締めてわんわん泣いている姿に苦笑いを零し、立ち上がってコハクの頭に手を置いた。



「な、大丈夫だったろ?」

「うん…。お兄、ちゃん…?」

「なんだ?」

「顔、赤い…よ?」

「………。」



言われて初めて自覚した暑さに目眩を覚える。
…正直、嫌では無かったのだ。仕方なかったとはいえ、アイツとキスした事が。
それどころか健全な男子としての欲求まで、少なからず持った。
それが恥ずかしくて情けなくて嫌で嫌で堪らなくて、元々隠すのが得意ではない俺は顔に出てしまったらしい。



「…気のせいだ、コハク。」



それだけ言うと、シングが動けないから今日は此処で野宿をするということを伝えにベリルの方に歩みを進めた。

シングに借りを作りたくないから助けたんだ。
そう自分に言い聞かせながら。




END.

時間軸はグリム山クリア〜グース到着まで。
ヒスシン布教の為にペーパーで無料配布しました。グロが入ったしキスまでさせてしまったので注意書き付き。
正直テイルズって専門用語のオンパレードでやってる人じゃないとわからない気がしたから説明用紙付けてきた。やってる人以外取らないような気もしたけど。
ネタバレ無しは難しいなー。真実発覚後からの二人が好きです。フラグはグリム山で立ってると思うけど。
序盤だし、このくらいならネタバレじゃない…ですよね?