「最近、あまり眠れないんだ…。」
その夜、宿屋の寝室に突然訪ねてきたシングは
これまた唐突にそう言った。
「あー…最近お前、よくボーっとしてるもんな。寝不足か?」
「うん…。」
「ホットミルクでも作ってやろうか?あれ、眠くなる成分とか入ってるらしいぞ。」
「そうなんだ!ヒスイは物知りなんだね!
…でも、この前ホットミルク飲んだけど眠れなかったんだ。」
「そうか…」
扉の近くに立っているシングに手招きをして隣に座らせる。
スピリアが大きく高鳴ったが理性で抑えつけた。
ここで手を出したら、俺がケダモノになっちまう。
「理由に心当たりはないのか?」
「う、ん…」
曖昧な返事。
これは何か隠してやがるな。
シングの、子供独特の柔らかさが残る頬を手で挟み込む。
「ふにゅっ」間抜けな声が漏れて少し笑った。
「シング、下手な嘘は吐くなよ?」
「う、嘘なんて…」
「吐くなっつってんだろ。テメェがムリして倒れたりでもしたら周りが迷惑すんだよ。」
「うぅ…」
観念したのか、シングは赤い耳で眉を寄せた。
蚊の鳴くような声で頷く。
「で?理由ってのはなんだよ?」
「う〜ん…どうしても今言わなくちゃダメ?」
どうしてそこまで渋るのか解らなくて
困った顔をしているシングに問い掛ける。
「何で言いたくないんだよ。治せるかもしれねぇだろ。」
「そりゃそうなんだけど…んー、明日じゃダメ?」
今日は言えないのに、明日ならいいのか?
益々わからねぇ。
「何でだ?」
「いっ、いいから…お願い!」
掌を合わせて頭を下げる。
まぁ、元々そんなに拘る事でもねぇしな。
そう思って俺が折れる事にした。
「…わーったよ。」
「ありがとう!」
瞬間、腕に抱き付く小動物のようなシングに胸が高鳴った。
これ以上はダメだ。
俺は健全な男子なんだぞ。
わかってんのか、シング。
「じゃあ今日はもう自分の部屋戻れ。」
「えぇ…」
追い出そうとしたのに(コイツの為だ、一応。)
シングは不服そうな声を上げた。
「まだ何かあるのか?」
そう訊けば頷く。
早く用件を聞こう。
そしてさっさと寝ちまおう。
そうだ、そうしよう。
そう思ったのに。
「あのさ…一緒に寝ようよ!」
「は、」
「………ダメ?」
首をコテンと傾けて上目遣いをされる。
自分でもコイツに甘いと思うが、
そんな(本人は無意識だろうが)可愛い仕草をする恋人を突っぱねる事も出来ない。
「…あーっ、分かった分かった!…枕持ってこい。」
「うん、ありがとう!」
もうどうにでもなりやがれ!
半ばヤケになり、音量を抑えつつ叫ぶ。
勢い良く部屋を出て、そう何十秒もしないで戻ってきたシングの為にスペースを開ける。
ベッドのサイズはシングルだからくっつかなければならない。
許容を超えた重さにギシ、と悲鳴を上げた。
「おやすみ、ヒスイ。」
「お、おう…」
先程と同じように巻き付く腕。
とても心穏やかにはなれず、放して貰おうとシングの名前を呼ぶが
返って来るのは安らかな寝息だけだった。
おやすみ三秒かよこの野郎。
お前さっき眠れないっつってたじゃねぇか。
溜め息と欠伸が綯い交ぜになって零れる。
「…おやすみ、シング。」
柔らかな癖っ毛に指を通して目を瞑った。
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次の日の朝。
目覚めて最初に見たのがシングで少し驚く。
昨日の事を思い出してスピリアを落ち着かせると目覚めの挨拶を交わした。
「おはよう、ヒスイ。」
「ああ、はよ…。」
シングは既に覚醒していたようで、大きな目を細めて笑っていた。
どうやら良く眠れたようだ。
しっかし、昨日の寝付きは以前と変わらずとても良かったな…。
そうなると、昨日の事に関して疑惑が出てくる。
「お前、昨日はグッスリだったな。寝れないってのは嘘だったのか?」
俺の言葉に、血色のいい肌が僅かに染まった。
何か変な事言ったか?
いいや、思い当たらねぇ。
一人で悶々としていれば、シングが微笑み口を開く。
「…違うんだ。」
「あぁ?」
「俺が昨日よく寝れたのは、
ヒスイが隣に居てくれたからだよ!」
「…はぁ?」
屈託のない満面の笑みで放たれた言葉の意図が掴めず、無意識に声が漏れた。
そんな俺に、少し悲しそうな顔をして詳しく話し始める。
「最近、お金に余裕が出て来たからってみんな個室だっただろ?
…一人で寝るようになってから、なんか寂しくって寝付けなかったんだ。」
「〜っ!」
なんだこの可愛い生き物は。
俺が居なくちゃ寝付けねぇだと?
いやいや早とちりするな、俺。
シングは一人が寂しいと言っただけだ。
いやでも俺の所に来たって事は…?
「あれ、どうしたの、ヒスイ?」
俺のスピリアの叫びなんて聞こえないシングは赤く染まった顔を覗き込む。
「なっ…なんでもねぇ!」
そう言うのが精一杯。
尚もシングは不思議そうにしていたが、それ以上は訊いてこなかった。
変わりに昨日から回しっぱなしの腕に力を込めると天使の微笑みをする。
「…これから、ずっと一緒に寝よう!」
…顔は天使だが言うことは小悪魔だ。
ずっと密着していて耐えられるのか、俺は。
いや、二人部屋を取ればいいのか。
でもいきなりそんな申し入れをしてコハク達に変な目(ケダモノと哀れな子羊を見るような目)で見られたくはないしな…。
考え込んでいると念を押すように腕を引かれた。
「…気が向いたらな。」
「えー!」
拒絶も承諾も出来なくてそんな返事をしたが、
きっと今日から俺達は同じ部屋で寝る事になるのだろう。
結局のところ、折れるのはいつだって俺なのだから。
END.
本当に宿屋での話が多いですね、私のは。
頭弱いのがバレ…てますね、もう。
とりあえず天然小悪魔なシングと悶々兄ちゃんが書きたかったんです…!